白い月の花を捧げましょう。
死に逝く貴方に。
生き急ぐ私に。



己の苦痛と同じだけの痛みを敵に与えるスキル、ペイントレード。
その使い手は10歳になったばかりにも見えるようなか細い少女。
病的なほどに青白い肌、流れる血液、そしてその血を吸って黒々とわだかまるマント。
6層の毒々しい色彩と相まって、僕は目から侵されていくような気分になる。

「……なにか?」
ずっと凝視していたせいだろうか、少女は歩を止め、僕をひた、と見すえる。

「いや……、なんでも」
痛くないかだとか、その傷は放って置いても大丈夫なのかだとか、普段から言いたいと思っていることはいくつもあったけれど…。
なんとなく、それは彼女を否定している気がして、言えなかった。

妙に静かで、その癖なにか胸騒ぎのするような沈黙が降りる。

「あんまり離れると危ないですよ〜?」
遠くでメディックが呼んでいる。

「……」
無言のまま重いマントを引きずるように、少女は歩き出した。

わずかに、鉄錆の臭気が強くなったような気がした。



宿に戻ってばらばらの食事を取った後。
ふと、窓の外を見ると夜の藍よりも黒い影が、迷宮の方へ向かって行くのが見えた。

(まさかこんな時間に一人で迷宮に……?)

彼女も年若いとはいえ冒険者、迷宮の危険も知っているはず。
一人で深部に潜るなんて無茶なことは勿論しないだろう。
しかし。

「放っておくわけには……」

僕はマントを一枚羽織り、部屋を出た。



迷宮の地下1階、空には白い月が浮かんでいる。
偽りの空が明けて暮れる不思議。
その仕組みを知る者はもういない。

僕は微かな鉄の匂いを頼りに彼女の後を追う。
磁軸を使っていない時点で、ほぼ危険なモンスターに襲われる危険はなくなったけれど、だからといって今更引き返す気にもなれず、僕は歩を進めていた。

りぃ……ん

遠くから微かに鈴の音が聴こえて来た。
カースメーカー一族の鈴。
まさか何か危険なモンスターと遭遇したのかと僕は足を速める。

りぃ……ん り……ん りぃ……ん

重ねるように、鈴の音が響く。
悼むように。哀しむように。

彼女が普段使うスキルの中にはこんな風に鈴を鳴らすものはない。
物哀しく聞こえる鈴の音がなんだかこの青白い夜に似合いすぎて。

がさり

目の前の草むらをかき分けると、小さくはあるが開けた場所に出た。
そして、こちらに背を向け佇む少女。
その体は半分木の陰に隠れ、ちょっと見では見逃してしまいそうだ。

熱を感じさせない動作で彼女は振り向き、僕に問う。
「……なにか?」

「え……いや……一人で迷宮に向かうのが見えたから、危ないかと思って……」
自分でも滑稽なほど慌てているのが判る。しかし、

「そう……」
興味をなくしたように彼女は再び奥を向いてしまった。

りぃ……ん りぃ……ん

沈黙の中、鈴の音だけが響き渡る。
その背の向こうに、何かあるのだろうか?

「えっと……こんなところで何してるの? 何かがあったりとか……」
彼女の方へ歩きながら、試しに訊いてみた。

りぃ……ん り……ん り……ん

彼女は無言。
鈴の音と、僕の草を踏む音が響く。

少しだけ離れた所から、彼女の背越しに覗き込むとそこには白く小さな……

「……お墓?」

りぃ……ん

「沢山の死者の内の一人」

りぃ……ん

「知り合いか何か?」

りぃ……ん

「いいえ」

りぃ……ん

「じゃあどうして……?」

りぃ……ん

「死者は、私だから」

「え……?」

「私は、カースメーカー。己が命をもって生と死を操る者。
 私は毎日、自分を死の寸前まで追いやっている」

見えるはずのない赤が、滴り落ちるのが見える気がする。

「今はまだ生きているけれど、きっとそう長くはないでしょう」

「そんな……」

「それが私達一族の定め。
 人はいつか死ぬのだわ。
 それが少し早いか、遅いかだけ」

どんっ……

突然の衝撃。
僕は立っていられずそのまま前のめりに倒れる。

「な……に……」
起き上がれずに僕は、少女を見上げる。
彼女は相変わらず白い貌をしている。
しかし、こちらを向いてはいない。

「あ〜モンスターじゃなかったみたい〜」
聞いた事のない声。
なんだかやたら頭に響く……そして、胸が熱い。

「その割には致命傷のようだが?」
ちめい……しょう……?
あぁ……僕は、打たれたのか……。

熱い部分に手をやると、ぬるりと生温いものが溢れていた。

「すぐ死んじゃうと思うけど念の為〜って、なんかもう一人いるね〜?」
ぁ……。

「逃……げて……」
僕は必死に言葉を紡ぐ。

けれど、彼女は動かない。

「びっくりしてるのかな〜? 打っちゃうぞ〜?」
「趣味が悪いな、やるならさっさとしろ」
やめろ……やめてくれ……。

彼女はいつもの通り、立っているのがやっとぐらいなはず。
こんな攻撃を受けたら……。

ちり……ん

「ペイントレード」

鈴の音と共に凛とした声が響いた。

「きゃっ……!! あぁぁ……」
「ぐっ……」

悲鳴が二つ。
そして、倒れる音も二つ。

ペイントレードって……人にも効いたのか……。

どこか遠くでそう考える。
目を閉じて少しでも楽な体勢を取ろうとするが、体が良く動かない。
メディカの一つでも持ってれば良かったなぁと、今更後悔する。
何が心配して、だ。何の役にも立たなかったじゃないか。

ふと、視線を感じて重い目蓋を再び開ける。
少女の顔が目の前にあった。

「貴方も、死ぬのね?」

ひんやりとした感触が頬に触れる。彼女の手だろうか。

「……多分、ね」

何かが喉に詰まっていて、喋るのが辛い。
頭もくらくらする。

「貴方も、痛い?」

問いかける彼女の声は、今まで聞いたどんな声よりも甘く優しくて。

もう声は出なかったけれど、頷く努力は、した。



「  」
かすかに、かのじょのこえがきこえたが、もう……なにを、いって……いるか……りかい……








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補足
あくまで中の人の脳内でですが、カースメーカーは一族って言ってるけど多分血縁ではなく、各地の呪われた子を預かってるんじゃないかなと。
このカメ子も呪われ子で、実の父親については樹海で死んだ、って事だけしか知らないみたいな。
まさかその墓がその父親の為に立てられたものとは思ってはいないけれど、でもなんとなく来てしまう〜という絶対↑読んだだけじゃ判んない設定がありまする。